パネルディスカッション「『基地のまちヨコスカ』の可能性を探る②

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「基地のまちヨコスカ」を前面に出して「地域の活性化」を論議するという今回の企画。
これはこの間の流れの中で必然的だったとも言えるし、「基地」を売り物にしたい方々としては一歩踏み出した「勇気ある」企画だったともいえるのではないかと思う。

蒲谷市長の後期に「軍港めぐり」がはじまり、テレビでも取り上げられ、今では観光バスが来るほどになった。総務常任委員会の中で、当時の企画調整部長、後に市長選に出馬することになる広川部長がこの施策のことを「横須賀の目玉」と表現したのをよく覚えている。

普段は「軍港めぐり」でぶっとく売出し、全国的にも縮小傾向の「基地開放」が横須賀では年間通して数度おこなわれることから、「ミリオタ」のみなさんが時折詰めかけ、「ネイビーバーガー」や「チェリーチーズケーキ」が脇を固める。
・・・結局、全部、米軍がらみ・・・。

こんな横須賀でいいのかな。
いったい横須賀はどこへ行くのかな。

そして、転出超過が全国一のまちという不名誉な現実。

パネラーの吉田市長は「『基地』と『住まい』はつながらない。切り離して考えるべき」とおっしゃり、地域開発研究所の牧瀬稔さんも「『行きたいまち』と『住みたいまち』は違う。「『基地のまち』に住みたいか?と問われて住みたいと言うとは思えない。」とおっしゃっていた。私もまったく同感だ。

人口の増減を横目で見ながら、横須賀は試行錯誤してきたと思う。
沢田市長、蒲谷市長の頃には、「集客人口が増えれば、定住人口も増える」とまことしやかに言われてきた。私たちは、(私が議員になる以前の日本共産党市議団から)「集客と定住は別」と一貫して主張してきた。そしてそれは、この間の事実が証明しているしそのことを受けて、前述の発言にもあるように吉田市長もはっきりとそのことを認識している。

私は、ここは、本当に思案のしどころだなと思う。

他の自治体にない、横須賀にだけあるもの、それを発信してお客さんをどんどん呼ぼう。そうやってやってきて、いざ気づくと、人口が減ってきた・・・。それで、お客は呼べるが、住んでもらう場所とはならない・・・。困ったもんだ。

「基地のまちヨコスカ」は“両刃の剣”

本町商店街の川口泰弘さんは「ドブ板に来れば、日米アームレスリングあり、カントリーダンスあり、ビリヤード、ダーツ、テキーラ、アメリカンカルチャーを満喫できて楽しい。この3年で10店舗くらいが開店している。」とおっしゃる。さらに「横須賀は旧海軍から今は米海軍と自衛隊のまちとして栄えてきた歴史がある。船の出入りが日常に溶け込んでいて、ドブ板は基地の門前町。」と。

横須賀経済新聞の亀崎昌義さんは「高校生の頃にはドブ板には近づけなかった。でも怖いもの見たさというのがあった。今、多くのお客さんがきてにぎわいを見せているのは「普段は入れないところ」「非日常」プラスとマイナスの落差がある。「基地のカルチャー」だ。」とおっしゃりやはり横須賀にしかないものを発信しつづけている。

私は、このパネルディスカッションを拝見し、
ますます集客と定住は相いれない、とりわけ横須賀においては、「基地」を売り物にして集客促進すればするほど、人々は横須賀を定住の場としてエントリーしなくなると思った。呼び寄せておきながら、蹴散らしている・・・・。(辛辣な物言いですが、お許しを。)

パネラーは当然、様々なお考えの持ち主が集まり、多角的に意見を出し合う。それは良いこと。だけども、集客を目的とする経済界のみなさんの利害と、全体を見る首長や議員の考えは違ってくる。目指すものがもともと違う。

私は先の代表質問の中で、「基地や原子力空母のまちを選んで子育てしたいとは思わない。」との市民の感性に市長はどうこたえるのかと問うた。市長からは「さまざまな感性をお持ちになっている方がいらっしゃることは事実であると思います。そして、この横須賀が、日本の平和と安全のために重要な役割を担っていることも事実であると思っています。」との答弁だった。

私はここはキモであると思っている。

市長が「選ばれるまち」をかかげ、その大きな柱である「子育て・教育環境の充実」を重視している中で、どうしても矛盾してくる、乖離してくるのが、この部分だと思っている。

東日本大震災と福島原発事故を目の当たりにした私たちは、それ以前の価値観ではいられない。安全や安心に対してすごく敏感になっている。とりわけ子育ては「いのち」と真向かうことだから、その世代からはそう簡単に受け入れられるわけがない。小手先の上っ面の施策になど、やすやすとのるわけはないのである。

総合計画市民アンケート(2013年9月発表)によれば、横須賀の現在の都市イメージは米軍基地・自衛隊があるという「基地のまち」が88.6%でダントツである。一方望ましい都市イメージとなると「基地のまち」は2.7%となる。「基地のまち」は望ましくないのである。

望ましい都市イメージで高かったのは高齢者・障害者をはじめとした「誰もが安心して暮らせるまち」40.9%や防犯防災体制が整った「安全・安心なまち」38.5%である。

このアンケートから何が言えるだろうか。

望ましい都市イメージとはいわば、みんなが住みたい、住み続けたいと思うということだと思う。
つまり、極端な表現をすれば、横須賀は理想と現実がかけ離れた都市ということだ。
そして、現実=基地で集客促進をし、理想=子育て、安心・安全で定住促進をしようとしているということだ。

これではどこまで行っても、矛盾が広がるばかりではないか。

「横須賀のジレンマ」

再編交付金や、基地交付金をもらって、それで済まされる問題ではない。
私は、まずは原子力空母にはお帰りいただいて、そしてゆくゆくは海に面した平らな一等地もお返しいただく、そのことが長い目でみて、10年、30年、50年、100年、200年後の横須賀のためになると思うのですがね。(冷静な物言いを心がけています。)

そのためには、国にモノ言う首長でなければいけないと思いますよ。
煎じ詰めると、やっぱ、そこへ行くのです。

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横須賀の特徴

先日墓参りで相模原、町田を車で走りました。横須賀で、L/160円のガソリンがL/153円で売られていました。
普段1リッター当たり12Kmぐらいしか走らない車が、25Kmも走りました。
車を使用しているものにとって、横須賀はコストがかかります。
当日は雨だったので、自転車を見かけませんでしたが、相模原の大型ショッピングセンターの駐輪場は巨大なものでした。
平地の街ではバスを使わず、自転車で容易にショッピングが出来ます。
横須賀は地理的に通過型ではなくどん詰まり型のため、ガソリンは高く、地形的に起伏が激しいため車の燃費は不経済です。
埼玉県など駅やスーパーには自転車が溢れかえり、それはそれで問題を含んでいますが、バス代が不要であり、徒歩での登り下りの負担がありません。
この問題からも横須賀は住みやすい街とは言えない問題を抱えています。

しかし、帝国海軍が軍用のために開拓したとはいえ、坂道、道路、トンネルが残されているのですから、150を超える横須賀のトンネル等を観光地化し、
当時の軍港に近いということで開発された、逸見、汐入、坂本等の山間の住宅地に家庭用エスカレーターを設置するなりして移住性の改良を行い活性化を図る工夫は出来ないものでしょうか。
家庭用エスカレーターというものは、ミカン農家にあるようなあるいはゴルフ場にもあるような、一本線で二・三人乗りで、動力は耕耘機を改造したもので出来るのではないでしょうか。
家は家具付きにしたものにして、新たな家具の搬入を不要にした賃貸住宅にすれば、移住してきていずれは持ち家を目指す人が住みやすいものが用意できるのではないでしょうか。
 
プロフィール

大村洋子

Author:大村洋子
大村洋子
50歳。横須賀市議会議員2期目。
暮らし、福祉、平和のため日々奮闘。
人と語り合い、本を読み、映画を観る。
駅で訴え、ニュースを書き、ブログを更新。
インプット&アウトプットの毎日。

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