逗葉の仲間と福島支援へ③

区長さんからいただいた名刺には浪江町の住所と「現居住地」としてもうひとつの住所が記載されていた。

地震・津波。原発事故があって、2011年の3月、4月、5月頃はテレビ画面で体育館などに避難されている方々の映像がたくさん流れた。それから、6月、7月、8月と今度は仮設住宅となった。地震や津波の物理的ダメージで自宅に住むことができなくなった方々と原発事故で家はそれほどダメージを受けていないが、住めない人とでは、同じように仮設住宅に住んでいると言っても、思いは違うのだろうなと思う。

「家が完全に壊れたり、流されてしまったのなら、まだあきらめもつく。」こんな言葉を何度か聞いた。

原発事故とは本当にやっかいなものだ。

家族や、地域を分断し、人から生きていく気力を奪う。

防護服を着てお墓参りをする画像がヤフーニュースに出ていた。

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私たちは福島支援で2つの仮設住宅へ入り、
お米ともち米をお配りしながら、お話を伺う活動をした。
逗子の橋爪市議は、高齢の方のお宅へ行き、お話を伺った。

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葉山の窪田町議は集会所でおばあちゃんたちに囲まれて談笑しながら、生活の様子を伺った。

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私は二世帯で避難されているという方とお話をした。
後から、ご両親が帰ってみえて、「暑いから冷たいものでも・・」といって
ご自宅の中で一休みさせていただいた。

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辛い現実を乗り越えてきた方々だけれど、みなさん、明るく元気でこちらの方が、かえって励まされた。

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最終日にうかがった仮設住宅では、「6人の家族のうち4人が津波で亡くなってしまった。今は息子と2人で住んでいる。くよくよしても仕方ない。前を向いて歩いていく。」とおっしゃる女性とお話した。
聴いていて、私も泣きそうになった。

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仮設住宅内には、誰でも自由に座って休める憩いの場所があり「心の駅」と名前が付けられていた。

つづきは④へ。

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隣の家が9月に立て替えます

福島の方々は、原発の事故のため、事故さえなければ住み続けることが出来たわけですが、さぞ無念なことだと思います。

隣の家は、3.11.のとき、家の土台に五か所も亀裂が入り、住み続けることが危険になり、立て替えざるを得なくなりました。
 私の家や反対の隣の家は、20年ほど前に建屋が問題になり立て替えたので、その時、地面の耐震重量基準が変更になっていて、それに合わせた立て替えだったため被害が出ませんでした。
該当の家は、皮肉にも、そこのご主人の故郷の秋田の材木と秋田の大工さんで建てたため、建屋は全く問題がなかったため立て替える必要がなかったため、古い基準の地面に建っていたため、今回の地震被害と建て替えになりました。
 
 横須賀では山崩れの危険があるところの補修工事はよくやってますが、原子力空母の原子炉は本当に安全だと思っているのですかね。
プロフィール

大村洋子

Author:大村洋子
大村洋子
50歳。横須賀市議会議員2期目。
暮らし、福祉、平和のため日々奮闘。
人と語り合い、本を読み、映画を観る。
駅で訴え、ニュースを書き、ブログを更新。
インプット&アウトプットの毎日。

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