議員団視察in信州―②松代大本営

026_convert_20121102223642.jpg

視察の一番はじめは、松代大本営。
横須賀にも貝山地下壕があり、過去2回入ったことがある。
貝山地下壕は真っ暗闇だったけれど、
松代大本営の象山地下壕は、電灯が整備されていて、明るかった。
入口は天井が低く幅も狭いが、中に入るにしたがって天井は高くなりトンネルの幅も広くなっていった。


031_convert_20121102224312.jpg

説明をしてくださったのは、「松代大本営の保存をすすめる会」の島村晋次さん。
大本営とは日本軍の戦時中の最高司令部のこと。
1944年本土の空襲が避けられなくなった際、陸軍は大本営の移転を極秘で進め、その場所として松代が選ばれた。
信州が神州に通じること、本州の最も幅の広い地帯で山に囲まれ、岩盤が固かったことなどが、選ばれた理由だという。

019_convert_20121102225653.jpg

地下壕を掘るのに1万人もの労働者が、しかもそのうち6千から7千人が朝鮮人だった。強制連行され、故郷から離れて過酷な労働をさせられた。画像は「朝鮮人犠牲者追悼平和記念碑」。日本人はこういう卑劣なことを行ってきた。私もその日本人のひとり。そのことを肝に銘じなければならないと思う。自虐史観はやめろという人々がいるけれど、過去の歴史としっかり真向かわなければならないと思う。やった側は忘れても、やられた側は忘れない。

 
040_convert_20121102230201.jpg

地下壕内には学校の生徒たちが見学の際に持ってきた千羽鶴があった。

059_convert_20121102230753.jpg

地下壕のすぐ近くには「天皇御座所」があった。ここは地下ではなくて、地上につくられた。その当時の部屋が今も残っていて、観ることができた。
晩秋の穏やかな里山が目の前に広がっていたけれど、68年前には「国体護持」を名目に1万人もの人々が、ここで働かされていたのだ。本当に国民こぞって、愚かなことをしたものだ。

横須賀の米海軍基地の下にも地下壕があるという。本当だろうか。横須賀は市内に基地関係施設が点在している。特にベースは広くて平らで海に面しているので、公園にして市民の憩いの場にするにはもってこいだと思う。平和のことを考える一大テーマパークっててもある。

松代の地下壕に入りながら、私は横須賀のことばかり考えていた。

コメントの投稿

非公開コメント

>>しかもそのうち6千から7千 人が朝鮮人だった。強制連行さ れ、故郷から離れて過酷な労働を させられた。
・・・・・・・・

6千から7千人全員が、朝鮮半島からの「強制連行」という意味ではないですよね?。日本国内からの徴用含めての数字ですよね?。

横須賀は地下壕だらけだと思う

30年前在職中だったころ、当時50歳代の人たちと沢山、営業上で面談しましたが、小生が横須賀に住んでいると言うと、殆どの人が終戦前に横須賀へ行ってしばらく滞在していたことがある、毎日穴ばかり掘っていたと言っていました。
相当な数の横須賀滞在経験者者と出会いビックリしたことを思い出しました。
横須賀に昭和46年に引っ越してきましたが、当時あたご公園の下に当たる場所に、防空壕なのか地下壕なのかの入口があり、今は塞がれ見ることも入ることもできませんが、横須賀は穴だらけかもしれませんね。

山本さんへ

朝鮮人強制連行の数は諸説あるようです。
敗戦直後に米国戦略爆撃調査団が行った調査報告では、66万8千人余となっていますが、朴慶植(パクキョンシク)さんは113万人余と推定しています。松代の地下壕に駆り出された朝鮮人のなかには「自由渡航」で日本に来た人もいたようです。ですから、厳密にはわかりませんが、全員が強制連行ではないと思います。

tanimotoさんへ

私も横須賀は地下壕だらけではないかと思います。
米軍基地や自衛隊の基地には、もちろん自由に入れないので、長い間ずっと明かされずにきていると思います。いつの日か、基地が無くなった際には大々的に調査ができるのではないでしょうか。
プロフィール

大村洋子

Author:大村洋子
大村洋子
50歳。横須賀市議会議員2期目。
暮らし、福祉、平和のため日々奮闘。
人と語り合い、本を読み、映画を観る。
駅で訴え、ニュースを書き、ブログを更新。
インプット&アウトプットの毎日。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR