67年目の終戦記念日。人のいのちが奪われるということ。

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京浜急行大津駅頭で、共産党の仲間と終戦記念日宣伝。
去年、一昨年は行わなかったので、ホントに久しぶりとなった。
人通りはいちだんと少なくて、電車が来たときぐらいが唯一乗降の人が行き来するくらいだった。それでも、「暑いのにごくろうさま。」と言って自販機でお茶を買ってくれる人や、「大村さん?」と声をかけてくれる支持者とも会えて、大いに励まされた。

1931年9月にはじまり1945年8月まで、15年間に及んだアジア・太平洋戦争=侵略戦争。2000万人以上のアジアの人々と310万人の日本人が犠牲になった。日本軍の戦死者の6割は餓死、艦船や輸送船などの沈没による溺死者は40万人、特攻作戦による死者は4千人といわれている。

3.11以降地震、津波、原発などの天災や人災で多くの人々が亡くなって、日本全体が人のいのちが奪われることへの悲しみや憤りでいっぱいになった。それは映像の力が大きいのではないかと思う。私は昨年、石巻市にボランティアに行きそこで、海岸沿いの荒れ果てた様子や街中も信号が点いてなくて警官が交通整理している光景を目の当たりにして、地震と津波の爪痕を実感した。しかし、それでも非常に失礼ながら、そこで何百何千という人々が流され亡くなったということが、どうにも実感できなかった。今でも信じられないくらいだ。

それが、67年前の戦争となるとさらにわからないというのが、正直な気持ちだ。「プラトーン」や「プライベート・ライアン」で戦闘シーンや殺戮シーンを観てああ、こういうものかという以外にない。数年前に舞鶴市の引揚の歴史記念館を見学したことが、今ちょっと思い出される。

21世紀の戦争は、サラリーマンのように朝、戦闘機に乗り込み、ピンポイントで爆弾投下したら、涼しい顔で帰宅して何もなかったかのように、食卓を囲んで家族と夕食の団欒。非人間性は変わらず、むしろこちらの方が気味が悪い。

そして、ピンポイントでなければ、核戦争で惨状が広範囲に及ぶ可能性も、今の戦争のありようなのかもしれない。考えてみれば、米海軍の原子力空母なんぞが停泊する物騒な土地柄ではあるけれど、案外私達は能天気に日々を過ごしている。

なんだかグラつく不安定な土台の上にいるのに、気づかずというか慣らされてしまったというべきか、麻痺してしまったというべきか、そんな毎日を送っている私達。本当はもっと深刻にリアルに受け止めるべきではないのか。


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知ってか知らずか、セミは残りの夏を精一杯生きていた

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大村洋子

Author:大村洋子
大村洋子
50歳。横須賀市議会議員2期目。
暮らし、福祉、平和のため日々奮闘。
人と語り合い、本を読み、映画を観る。
駅で訴え、ニュースを書き、ブログを更新。
インプット&アウトプットの毎日。

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