“かけがえのない私”である一人ひとりの市民と伴走できる横須賀市役所を目指せ

今回の一般質問では、
「市民の相談しやすい市役所を目指すべき」ということを言いたかった。
これは、もう、今年に入ってからずっと思っていること。
いや、本当は、もっとずっと以前からだったかな。

「市民の相談しやすい市役所を目指すべき」と言っている私は、
つまりは、今の市役所は市民が相談しやすいとは言えないよと言いたいわけ。

日常的に市民からいろんな相談、要望、意見、提案がある。
「〇〇へ行ったら、〇〇と言われた。」
そういうことがいっぱいある。

そういうひとつひとつの言わば“困りごと”を
心で受け止めてほしいってことだ。

市の職員は法令や条例に基づいて制度の中で、市民に接する。
それは至極当然で、そうあらねばならない。
だけれども、市民はあくまでも法令や条例に素人であり、
生活の世界から自分の困りごとを引っ提げて市役所にやってくる。
そのときに、杓子定規な対応では、納得がいかないのだ。

どうも、そこのところが、うまくいっていない。
そんなケースが見受けられる。

情緒的なことばかり言っていたのでは、ことは前に進まないよと言う方もいるだろう。
だけど、私はどうしてもここはこだわりたい。
市役所って何よ。市役所って、市民が困っているときに
一緒に考え一緒に解決に向け伴走してくれるところじゃないのか。

そんな気持ちがベースにあって、
今回は「滞納」と「差押え」について具体的に質問をつくった。

「滞納」と「差押え」は市政の姿勢が色濃く出る部分だと思う。
時の首長の姿勢が反映する。

今回、私は「預貯金は差し押さえの対象にするべきではない」ということを主張したが、
「預貯金」という表現が誤解を招くという指摘をうけた。

給与には差し押さえの限度があり、子ども手当については差し押さえは禁止である。
しかし、その給与や子ども手当が銀行口座に振り込まれれば、「預貯金」となって
差押えに制限がまったくなくなる。

今や「預貯金」の実態は年金、給与、子ども手当など生活費、教育費とイコールなのだ。

たしかに、中には字義通り貯蓄であり、直接の生活費ではなく貯めてあるお金という家庭もあるだろう。

しかし、差押えの行われる家庭の「預貯金」はたぶん生活費や教育費と言うのが実態ではないだろうか。

とまれ、質問の技術論的なことはさておき、

私は憲法第25条の生存権を背景に「生活費を差し押さえることが、果たして地方自治体のやって良いことなのか。」ということが言いたかった。そのことをもって、横須賀市役所、横須賀市政の姿勢を問いたかった。

これはもっと言うと、

地方自治体は社会保障制度をどう捉えるべきなのかというところと近い問題だと思う。

私の未熟さゆえに市長にうまく届かなかった部分が多分にある。

また、一方、市長には改めていただきたい部分もある。

そこは、今後引き続き質疑を交わす中で、深めていきたいと思う。

国の社会保障制度は「自助」「共助」の考え方をぶち上げて、ますます

25条を空洞化させていく方向になっている。

だからこそ、地方自治体の役割が大切なのではないかと思う。

その意識が本来、窓口のひとりひとりの職員に浸透してはじめて市役所が「市民の役に立つ所」となるのではないか。私はそう思う。


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プロフィール

大村洋子

Author:大村洋子
大村洋子
50歳。横須賀市議会議員2期目。
暮らし、福祉、平和のため日々奮闘。
人と語り合い、本を読み、映画を観る。
駅で訴え、ニュースを書き、ブログを更新。
インプット&アウトプットの毎日。

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